物語を狩る種族(The Story Hunters)

読んだ本の感想を書いているブログです

アンディ・ウィアー『火星の人』

 アンディ・ウィアー著『火星の人』(小野田和子*1訳)を読みました。本国で出版されて話題になっていたとき*2から、お、これはすごく読んでみたいぞ、と思っていたのがようやくです。

 あらすじ。NASAの宇宙飛行士マーク・ワトニーが不慮の事故により一人ぼっちで火星に取り残されるも、植物学と機械工学の知識を生かして生き延びていく話です。本当にそれだけ。火星サバイバル・ガイドです(宇宙飛行士むけ)。

 もうこのお話のシンプルさにやられました。単調ともいえますが、これが不思議なくらい面白いんですよ。というか読んでいて気持ちいい。火星の環境はあんまり人にやさしくないので、もちろん生きていくには様々な困難がともなうわけです。その様々な困難を右から左へどんどん解決(植物学者ってスゲー!)、まあ、さっさと問題点を潰していかないと死んじゃいますからね、問題を見つけてはそれに対する解決策をポンポン出していく、スピーディーな話の運びかたが素晴らしい。その困難というのも極めて現実的なもので、ただ単に主人公を苦しめるためだけに用意された急展開では〈ない〉のだった――本当だ! 小説の作者よりも頭の良い作中人物は書けない*3、と思っているので、問題を発見して(ちゃんと見つけるのもすごいですよね?)それに対して有効な対策を考えつく、そんな登場人物たちを書いた作者には脱帽しました。

 主人公を苦しめる、というのは物語の定跡で、そういう場面では苦しめられている主人公を見ているこっちも暗い気分になってきたりします*4。先にも述べましたが、本書も主人公に困難が振りかかり、振りかかり、振りかかり……、という話なので読者も苦しくなりそうですがご安心を。小説の大部分が主人公によるログ、という体裁になっており、そこで主人公(あるいは作者)のユーモア精神が遺憾なく発揮されています。読者はハラハラドキドキ不安になりながらも、「こいつ全然あきらめてないぞ!」と勇気をもらって(笑いながら)読み進められるわけです。

 というわけで、非常に説得力のある展開でお話を盛り上げてくれて、読んでいるほうも「ここまでやっておいて主人公が助からないなんてことないよね? ないよね?」と思いつつ、マーク・ワトニーその他のユーモアに助けられながら、最後まで楽しめる素晴らしい作品でした。

 

*1:同じ訳者の作品では『シリンダー世界111』を読んだことがあります。変な話で(まあ大抵のSFは変な話です)、ひねくれにひねくれている登場人物が良かったということぐらいしか覚えていませんが

*2:どこかの洋書のレビューサイトなりブログなりで見たはずなのですが、それがどこなのかさっぱり思い出せません。ここでリンクを貼っておきたかったのだけれど

*3:もちろん天才という定義に当てはまる人物を書くことはできますけど、その人物の頭のよさを書けるかは……どうでしょう?

*4:程よく装飾された文章が回想を彩る『静かなる天使の叫び』というお気に入りの小説があるのですが、これも主人公が作者にいじめられてて、読んでいて悲痛な気分になったりしました