物語を狩る種族(The Story Hunters)

読んだ本の感想を書いているブログです

Neil Gaiman 「Click-clack the Rattlebag」

 ニール・ゲイマンの「Click-clack the Rattlebag」を読みました。ニール・ゲイマンはアメリカン・コミック『サンドマン』の原作者で、ファンタジー小説家です。著作としては『スターダスト』とか『コララインとボタンの魔女』とか。と、いうような情報は知っていましたけど実はその作品を見たり読んだりしたことはありません*1。なので今回読んだのが初のニール・ゲイマン作品ということになりました。

 さて、今回読んだ作品は年刊ホラー傑作選2013年版といった趣きのアンソロジー『The  Mammoth Book of Best New Horror 25』に収録されていたものです。初出は『Impossible Monstes』というアンソロジー。「Click-clack the Rattlebag」は、著者の名前と作品名で検索すると、オーディオを無料で聞くことができるウェブサイトも見つかります。5ページほどの作品なので、オーディオでも10分程度。もちろん英語なので、聞ける人はどうぞ*2。ちなみに今回は短い作品なので自分で辞書を引き引き翻訳(いや直訳?)して読んでみました。はっきり言って英語のまま読んだほうが変にエネルギー使わなくていいなと思いました。翻訳者の苦労と、原作と翻訳は別物だという言葉の意味がよくわかりました。

 

[あらすじ]

 「ベッドに連れてく前に、お話を聞かせてくれない?」作家志望の私はガールフレンドの弟とともに家で留守番をしている。とても古くて大きい家で。宿題を終え、寝る時間になった。少年は眠る前にお話を聞かせて、寝室に連れて行ってほしいと私に頼む。私は、どんな話を聞かせてほしいか、と少年にたずねる。少年は、怖すぎるのはいやだけど、少しも怖くないと面白くないから、怖い話を聞きたい、と答える。私がそうした話を書いたことがあると姉から聞いていたようだ。「“Click-Clack the Rattlebag”の話、知ってる?」私は知らなかったが、少年の通う学校で語られている、あるモンスターについてのお話らしい。そして私たちは会話を続けながら寝室へと歩いていくのだが……。

 

[感想] 

 物語のはじめ、暖かく明るいキッチンから、肌寒くて電気のつかない廊下へ歩いていく場面が印象的でした。その後の展開を示唆しているように受け取れますからね。そして、この物語の中で目が行くのは「暗闇への恐れ」についてです。少年がモンスターについて”they're made of dark.”と語るように、まさしく私たちの「恐怖」の原体験として、この作品は暗闇を怪物に見立てて効果的に用いています。電気がつかず、青白い月光を頼りに、ギシギシと音を立てる家で、暗闇の中を進んでいくという場面は、読者の不安を喚起させ、物語に緊張感をもたらしています。そして、月光の届かない場所には完全な暗闇が待っているのです。物語の結末はホラーとしてはオーソドックスなものですが、月光と暗闇、「かちかち」や「ぎいぎい」という音、視覚と聴覚の両方を刺激して雰囲気たっぷりに想像力で楽しませてくれる作品でした。

 話は変わりますが、ジャンル小説(Genre Fiction)はその小説があるお約束に従っているからこそ、特定のジャンルに分類できます。たとえばミステリー、推理小説には謎(とその解決)が存在するというわかりやすいお約束事があります。SFのお約束事ははっきりとしていませんが。そしてホラーといえば、「恐怖する対象」だと思います。物語の中に読者にとっての「恐怖の対象」と成り得るような何かが描かれていれば、それはすべてホラーなのです。この作品における「恐怖の対象」とは「暗闇」でしょう。そして描かれている”Click-clack the Rattlebag”というモンスターは私たちの気付かないうちに忍び寄るというよりも、そうしたもの(恐怖の対象)に注意を払わないでいる、「気が付かない人たち」を飲もうとするのです。暗闇とは、私たちからは見えない部分を表しています。そうするとこの作品は、そうした見えない部分――私たちにとって「暗闇」となっている何か――に対する想像力の欠如について警告しているのかもしれません。

 

[おまけの話]

 全然、作品自体とは関係が無いことですが、作品が収録されていた『The Mammoth Book of New Horror 25』について情報を。

 『The Mammoth Book of Best New Horror 25』は「The Mammoth Book」シリーズの一冊で、他にもSF傑作選やら英国ミステリ傑作選やらゾンビや女性作家によるゴースト・ストーリーやらシャーロック・ホームズパスティーシュやら、とにかくいろんなテーマのアンソロジーその他が刊行されているようです。『The Mammoth Book of Best New Horror』は毎年刊行されているようで、めでたいことに今年で25年目、四半世紀もの間続いている息の長いアンソロジーです。

 とまあそんなわけで、21のホラー中短編が収録されています。その上、2013年のホラー作品の紹介が90ページ、2013年に亡くなった関係者についての記事が70ページ以上あり、最後には「Useful Addresses」と題して、出版社や雑誌、ウェブサイトなどが紹介されています。ちなみに収録作品の作家陣は、ニール・ゲイマンキム・ニューマン、クライヴ・バーカー、タニス・リー、ラヴィ・ティドハーなどなど。

 イントロダクション(2013年ホラー作品の紹介)はあまり目を通していませんが、キングやクーンツなどの大御所からジョー・ヒル(『NOS4A2』)やローレン・ビュークス(『シャイニング・ガール』)など、ここ数年日本でも作品が紹介されている作家も。2013年に亡くなった関係者の記事(necrology)では知っているところで、ジャック・ヴァンスリチャード・マシスントーレン・スミスイアン・バンクス、フレデリック・ポール、トム・クランシーやなせたかしコリン・ウィルソンなどの出版関係者に加え、テレビ/映画の技術者として任天堂山内溥の名前もありました。ホラーに限らず、メディア関係者を挙げているようです。

 600ページ近い本で、英語の勉強にもなるし、というエクスキューズで買った私としてはかなーり長く楽しめそうです。もう10冊以上の洋書が積読状態なんですけどね……。

*1:『スターダスト』は積読です……

*2:私も聞きましたが、原文と照らし合わせて聞かないと、貧弱な英語力なので何言ってるか全然わかりませんでした