物語を狩る種族(The Story Hunters)

読んだ本の感想を書いているブログです

キジ・ジョンスン「26モンキーズ、そして時の裂け目」

 今日読んだのは創元海外SF叢書の三冊目、キジ・ジョンスン『霧に橋を架ける』から「26モンキーズ、そして時の裂け目」*1(三角和代訳)です。この著者の作品を読むのは初めてですが、前評判をネットで見かけて面白そうだと思い手に取りました。この短編は世界幻想文学大賞受賞作と裏表紙に書いてあり、読む前から「きっと面白いだろうな!」と思っていましたが、その期待に応えてくれるお話でした。

              

[あらすじ]

 エイミーは猿の一団を率いて出し物をしている。中でも大技は猿の消失である。バスタブを舞台に押し、客に調べさせる。それを天井の鎖で吊り上げ、脚立を置いて合図すると次々に猿たちが脚立を上って中へ飛び込む。最後に入る猿のゼブは咆哮をあげ、フラッシュとともにバスタブが傾く。すると、中はからっぽ。

 エイミーがこの一団を手に入れたのは三年前のユタ州特産市での出し物から。見かけた猿たちを、どうしても買わなければいけないという思いに駆られたからだった。猿との生活は奇妙だが、エイミーは気に入っていた。ジェフという恋人もいる。しかし、エイミーは同時にこうも思っていた。たしかなものはなにもない。人はすべてを失うかもしれないと……。

 

[感想]

 とても短くすっきりとまとまっている幻想的な作品でした。まだ読んでない人の興をそぐことにもなりかねないので、あらすじはちょっとだけ。猿(とても奇妙で時には人間的にも思える)と人との交流(あるいは共生)を描いたお話ともいえます。

 読後感は何だか暖かい感じでした。エイミーは夫に浮気されて捨てられ、打ちひしがれて、空港の離発着機の空路下(いかにも騒音がひどそうです)にある月極めの家具つきアパートメントで暮らしていましたが、なぜだかたまたま出かけた特産市で猿たちを買います。この猿たちが愛らしいのです。かたまってボールの色を合わせるゲームに興じたり、積み木でアーチを作ろうとしたり、YouTubeで子猫の動画を見ていたり。

 とはいえ、このお話はアニマルセラピー効果でエイミーが救われるという話ではありません*2。エイミーは満足できる生活を得ることができた半面、失うことへの不安を感じています。恋人のジェフについても、「安全で人工的な世界」の一部、一時的な、意味のないものであると考えています。そして猿たちとの暮らしにその不安を顕在化するような出来事が起きるのです。と、この先はネタバレになるかもなので避けておきましょう。先に読後感について「何だか暖かい」と書いたのでそうひどい終わり方にはならないと思われるかもしれませんが、まあそこは未来の読者の楽しみに。

 形式的な側面についてもちょこっと書きましょう。この作品で用いられているのは三人称であり、説明的で淡々とした印象を受ける叙述はエイミーと読者の間に距離を感じさせるように思えます。しかしその文体によって綴られる多くがエイミーの内面です。物語の展開は素直に時系列に沿って、不幸な出来事、猿たちとの出会い、猿たちとのショーと生活、恋人との出会い……、という順番では書かれていません。普通の小説は読者を混乱させないよう時系列に沿った形で書かれていますが、この作品ではそうではありません。ただそれほど読みにくくは感じませんでした。また、この作品では短く区切られた24の章のその一つ一つが物語を構成する、様々な意味合いを持つ部分となっています。距離感を感じさせる文体、そして章を短く区切って小出しにし、物語内の時間感覚を大まかにとることで「猿たちとの生活」に幻想味を加えることに成功した、技巧的な短編だと感じました。

 

*1:題名から映画「12モンキーズ」や「13ゴースト」を思い出しました。話の内容とは全く関係ないですけど

*2:表面的にはそう受け取れますし、読者は癒されるかもしれませんが