物語を狩る種族(The Story Hunters)

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井上雅彦「抜粋された学級文集への注解」

 今日は井上雅彦*1監修の書き下ろしホラーアンソロジー「異形コレクション」の45冊目、『憑依』の井上雅彦著「抜粋された学級文集への注解」を読みました(と言っても再読ですが)。

 現在までに50冊近くが刊行されている異形コレクションで、私自身はそのうち6冊ほどしか読んでいませんが、その中で一番面白かったのがこの『憑依』です。その中でもお気に入りの話が「抜粋された学級文集への注解」です*2

 

[あらすじ]

 事例・壱。ある学校で「くっくるさん」という降神術が流行していた。くっくるさんはなんでも言い当てることができると言われ、その当時は「誰が死ぬのか」を教えてもらうのが人気だった。最初の質問で「もうじき、誰かが死にますか」と言うのだ。ある時、その質問に対して十円玉が「はい」へと動く。「いつなのか」「性別は」「名前は」。十円玉の動きを見て、その場にいた全員が「有名人の青島幸男だ」と思い当たる。その話を聞いた担任は笑ったが、その直後、廊下で同じ話を耳にした教頭に呼ばれ、茫然として戻ってくる。

 事例・弐。この学校の図書室には「こっくりさん」と呼ばれる幽霊がいる。クラスで最初にくっくるさんを始めた白木さんは、そのこっくりさんから本を借り、そこにやり方が書いてあったと言う。彼女は色んなことを知っていて、くっくるさんを呼び出す長い呪文やきちんと「お帰り」いただかないと祟られるということも知っていた。でもある時それを忘れた。白木さんと一緒に十円玉を動かしていた桃井さんは、その夜から布団の中に人とも犬とも猫ともつかないようなものが入ってくると言って、とうとう十日目に校舎の四階から飛び降りた。白木さんは、とり憑いたものが何なのか知っていたようで「ぐうるがくる。ぐうるがくる」と周囲にもらし、次第には意味不明なことを言い、その後ぱたりと消息が途絶えた。

 事例・参。司書としてこの学校に赴任して四ヶ月。いまさらながら、この学校の図書室の隣に理科準備室があることに気付く。入ってみると、その棚には大小さまざまな生き物の標本がホルマリン漬けで保存されている。人形作家の手による腐乱死体じみた人体模型まであり、びっくりした拍子に背後にいた人物にぶつかってしまう。若い女学生で、ぶつかった衝撃で本を落としてしまったようだ。それはメッツの『世界の実相』など珍しい本ばかり。彼女は自分の研究資料を探しているのだと話す……。

 

[感想]

 上のあらすじではお話の途中までしか書いてませんが、四つの事例とそれに対するコメント、そしてこの文書自体に対する注解からなる短編です。ある学校にまつわる文章からの抜粋、ということでその当時流行していた「降神術」にまつわる事例が集められていて、それが様々な部分で奇妙にリンクしながら、その全貌がじわじわと見えてくる構成がたまりません。

 この短編を読むのは二回目で、一回目はとある知識が無かったために(調べれば分かることではあったのですが)、前回と今回とで全く違う印象を持ちました。なんというか、一回目に読んだときはいろんな要素が繋がっていくところが面白いと感じて、二回目はそれを包み込む大きな要素によって更に不気味さを感じました。この物語の背後にある大きな要素に気付くことによって、ラストに置かれた注解が味わい深くなります。

 予言・幽霊・降霊術などのオカルト、「降霊術」ではなく「降神術」への言及、「古庫裏婆」という妖怪と「こっくりさん」の関連、そして「注解」、などなど読みどころ(かつ好みどころ)が盛り沢山で、アンソロジーの監修だけでも大変だろうにこういう短編を書いたなんて井上雅彦さんすごいです。ありがとうございます。

 

*1:たまに記憶の中で井上雄彦さんとごっちゃになります

*2:他に強く面白いと思ったのは、朱雀門出「地蔵憑き」、三津田信三「ついてくるもの」、入江敦彦「修羅霊」、上田早夕里「眼神」です