物語を狩る種族(The Story Hunters)

読んだ本の感想を書いているブログです

藤井太洋「常夏の夜」

 今日読んだのは、第五十三回日本SF大会なつこん記念アンソロジー『夏色の想像力』の藤井太洋著「常夏の夜」です。この短編が10月にハヤカワ文庫JAで刊行される『楽園追放 rewired サイバーパンクSF傑作選』に収録されると知り、なんとなくその前に読んでおこうと思いまして。著者の藤井太洋さん*1キンドルから電子書籍として出版された『Gene Mapper』が話題になり、その後書籍でも作家としてデビュー、最新長編『オービタル・クラウド』も面白そうです(私はまだ読んでいません)。『楽園追放 rewired』には加筆修正されたものが収録されるよう*2なので、興味のある人はどうぞ。

 

[あらすじ]

 台風の襲撃から四ヶ月、復興著しいセブ市では国際量子通信計算機学会(IQCICQ)が開催されていた。被災地のレポートをしている記者タケシ・ヤシロは、IQCICQの取材で得た友人カートが作ってくれた量子アルゴリズム「フリーズ・クランチ法」によって、執筆記事の「ゆるい参照」から抽出された文章に不可解な記述を見つける。タケシはその翌日、同じく取材中に親しくなったウォン少尉の休暇に付きあい、リゾートホテル〈サンクチュアリ〉に面するビーチでカートと合流する。カートによると量子アルゴリズムは可逆であり、タケシの気付いた不可解な記述は明日の深夜に保存されうる文章だという。さらに「フリーズ・クランチ法」はウォンの悩み、ドローンによる物資の配送ルートの問題にも適用できるという。それを聞いたウォンは、ソフトウェアの開発合宿「フリーズ・クランチ・ハッカソン」を開催する。ハッカソンでの成果はすぐさま復興支援に利用されるのだが……。

 

[感想]

 あらすじは短めに。感想も短めに。ヴァーチャル・リアリティ(VR)技術については、1980年代のサイバーパンクと呼ばれたSF小説群でその概念が広がり、その変種のAR技術については、現在に至ってスマートフォンなどの携帯端末の普及もあり、利用したことのある人も多いかもしれません。ちなみにこの小説の舞台はフィリピンのセブ市で、観光地として発展していて、インフラとしてインターネット環境もあります。

 台風などの気象災害からの復興は、最近も局地的な大雨に見舞われた日本に生きる私には身近に感じられます。ウェアラブルデバイスが民間に普及しているという設定も、AppleWatchやGoogleGlassなど、そろそろ技術的にも広く使われていきそうな雰囲気ですから現実味があります。といっても量子アルゴリズムについては、その技術的な進歩というのがどれくらいのものなのかよく分かりません。

 物語は特にびっくりするとか、そういうひねられた展開が用意されているわけではありませんが、量子アルゴリズムの視覚的表現である「クォイン・トス」というゲームの描写や、要塞の中のウォン少尉のもとにたどり着く際の「フリーズ・クランチ法」を利用している場面は、盛り上がりどころ、量子アルゴリズムのSF的見せ場とも言えます。正直言うと「クォイン・トス」がどういうゲームなのか、要塞までの最短経路を見つける場面に至るまでよく分かっていなかったのですが、難解なSFではなくきちんとエンターテイメントしているので普段SF小説を読まない人でも楽しめると思います。

 

【追記(2014年9月27日)】

 ちなみに本は「なつこん」の公式サイトから通販で入手しました。地方にいてあまりイベントごとに参加できない人間にはありがたいことこの上なしです。

 タイトルの「常夏の夜」はお話の舞台であるセブ市の気候(一年を通して温暖)を表わしながら、科学技術へのポジティブな期待感が込められています。個人的には、技術は進歩すれば進歩するほど複雑になりブラックボックス化していって手に負えなくなると思っていますが。

 あと電子書籍の作成や販売を行っているブクログのパブーというサイトに『sigma』というタイトルの、VR技術・AR技術が進歩してソーシャルネットワークにも盛んに利用され、実世界と仮想世界が半ば交わっているような世界を描いてサイバーパンクしているマンガがあったのを思い出しました。今は削除されているようですが、絵が好きだったのでいつかどこかでもう一度読んでみたいものです。