物語を狩る種族(The Story Hunters)

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ジャック・リッチー「エミリーがいない」

 今日は『新エドガー賞全集』から「エミリーがいない」(ジャック・リッチー著、山本光伸訳)を読みました。『新エドガー賞全集』は、ハヤカワ文庫から出ていた「アメリカ探偵作家クラブ傑作選」の14巻目であり、1981年から1988年までのアメリカ探偵作家クラブ(MWA)最優秀短編賞受賞作を年代順に集めたアンソロジー。こうした傑作選は短編好きには垂涎ものです。『エドガー賞全集』も読んでみたいのですが、まだ手に入れていません。

 著者のジャク・リッチーは短編の名手で、それゆえか日本での紹介はこうしたアンソロジーや雑誌などでしかされなかった、ということが『10ドルだって大金だ』で書かれています。もっとも最近は『クライム・マシン』が『このミステリーがすごい! 2006年版』の海外篇で一位をとったり、ハヤカワのポケミスシリーズから『ジャック・リッチーのあの手この手』が刊行されたりと、評価されているようです。

 

[あらすじ]

 アルバートは「エミリー」と名乗る人物から電話を受ける。彼は「番号違いですよ」と答えて電話を切る。その時の彼のショックを受けているような様子をエミリーのいとこであるミリセントが見ている。彼女はつい昨日にアルバートの妻エミリーを街で見かけたと言う。エミリーはサンフランシスコにいるのだからそれはありえない、と答えるアルバート。親しいいとこのミリセントは、エミリーにサンフランシスコの友達がいるなんて聞いたことないけど、と答える。

 アルバートはエミリーに出会うまで男やもめで、最初の奥さんを不幸な事故で失っていた。それはボートの転覆事故で、奥さんは泳ぐことができないが救命具をつけず、目撃者はアルバートだけだったので助けるのが遅れてしまったという。また、エミリーとミリセントは地所の中に隣り合わせに建てられ、外観のよく似た大邸宅に住んでいる。しかしアルバートが結婚してからわかったことだが、ミリセントは七桁の数字以上の資産を有しているが、エミリーはその家と地所のほかに財産らしきものは持っていなかった。

 ミリセントの管財人から朝エミリーに会ったと聞く、買い出しの時に街でエミリーとよく似た服装の人物を見かける、エミリーお気に入りのソナタが階下のピアノから聞こえる、エミリーの書いたものと思われる手紙が届く、エミリーと名乗る電話がかかる。エミリーがまるでこの近くにいるような出来事が起きはじめ、とうとうある夜、アルバートはシャベルを持って邸宅の裏手に位置する峡谷の空き地に出かける……。

 

[感想]

 最初は、エミリーを既に殺害しているアルバートがその幽霊の陰におびえる、ホラーのような雰囲気も感じられますが、まあそこはエドガー賞受賞作。アルバートが空き地に出かけた夜はクライム・ストーリーになります。そこまではミステリー小説に慣れた人なら先の読める展開ですが、その後さらなるどんでん返しが。お話の最後のほうはユーモアのある、さわやかな読後感です。すこしネタバレ気味になってしまいますが。

 一つの短編の中で積み上げた要素を、余すところなく活かした展開はさすがというしかありません。二度、三度と読み返して、その巧みさに感心しました。