物語を狩る種族(The Story Hunters)

読んだ本の感想を書いているブログです

ルーシャス・シェパード「竜のグリオールに絵を描いた男」

 今日は新潮文庫の短編集、ルーシャス・シェパード著『ジャガー・ハンター』の「竜のグリオールに絵を書いた男」(内田昌之訳)を読みました。なぜこの本を読んだのかというと、元々ルーシャス・シェパードという名前だけを知っていて*1、なんとなく読んでみたいと思っていたところ、この本が古書で安価に手に入ったためです。

 この短編集のマイクル・ビショップによる序文によれば、著者のルーシャス・シェパードは「父親の手でむりやりギリシア・ローマの古典を読まされ」「ヨーロッパや、中東や、インドやアフガニスタンや、その他のエキゾチックな外国に滞在して生活し」「また結婚と、父親の地位と、離婚の体験もあり」「本気でロックンロールに身を入れ」「バンドをやって」と、興味深い自伝が書けそうな人物です。実際に創作を始めたのは30代半ばからで、1980年の夏に催されたファンタジーとSFの作家の卵のための講座「Clarion Workshop」で鍛えられ、以降SFの文学賞ヒューゴー賞ローカス賞ネビュラ賞、ジョン・W・キャンベル賞などを受賞する人気作家になったとか。

 「竜のグリオールに絵を描いた男」はアメリカ本国での好評を受けてシリーズ化されたようで、その2作目「鱗狩人の美しき娘」と3作目「ファーザー・オブ・ストーンズ」は邦訳されています*2

 まあ前置きはこれくらいにしてあらすじと感想を。

 

[あらすじ]

 1853年、テオシンテ市に位置する谷一帯をグリオールという竜が支配していた。殺そうとした魔法使いが呪文をかけそこなったことで、グリオールの心臓は止まったがその精神の動きはおさまらず、時を経て全長200メートル近くに成長し、谷の人々に影響を及ぼし続けていた。殺したものには賞金が与えられるが、誰もまだそれに成功していない。

 ある日メリック・キャタネイという若い画家がテオシンテ市におとずれ、竜に絵を描くことを申し出る。彼はグリオールの胴を美しく飾る一方で、絵具によって毒を与え続けるという。市の長老たちの決断を待つ間、キャタネイはハングタウンの女性町長ヤルケに案内され、グリオールを見に出かける。そこでキャタネイは生きている竜の、薄く開いた眼に魅入られる……。

 

[感想]

 上に書いたあらすじが18ページ分くらいで、全文は50ページ近くある短編です。その長さのなかで、竜のグリオールに関わる人々の人生の酸いも甘いも描いた物語となっています。あまりに巨大すぎる竜が一つの生態系を作り出し、〈かっとび〉や〈ひらひら〉と呼ばれる生物が潜んでいるという設定も魅力的でした。また冒頭や章の終りに挿入される、架空の書物からの引用もかっこ良く、風情があります。

 1章の書き出し、“一八五三年、はるか南の国、われわれの住む世界とほんのわずかな確率の差によって隔てられた世界で、グリオールという名の竜がカーボネイルス・ヴァレイ一帯を支配していた。”という一文から分かるとおり、私たちの生きる地球とはほんの少し異なる世界を舞台にしています。もちろん竜が住んでいる世界ですが、私たちと同じくそこに生きる人間がこの話の主役といえます。

 グリオールは周囲の人々に影響を与え、性格を陰気にさせているとか、谷の人々が隣国を襲うのもそのせいであるとか、作中ではその力についてあることないこと言われています。実際のところ、心臓の止まった竜が周りにどれだけの影響を与えられるのか、ただ少なくとも一人の若者の人生を変えたとは言えるでしょう。ラストに挿入される引用が、その儚さと重みを感じさせます。そしてあらゆる人々の、少しの悲哀を。

 

*1:そしてついさっきウィキペディアを見て知ったのですが、今年の3月に亡くなられたそうです。安らかにお眠りください。『Beautiful Blood』が遺作となったのでしょうか。どこかが翻訳してくれたら嬉しいのですけど

*2:その他のシリーズ短編は洋書ですが『The Dragon Griaule』で読むことができ、今年『Beautiful Blood: A Novel of the Dragon Griaule』という長編も出版されています